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熊本地方裁判所 昭和33年(ワ)188号 判決 1961年5月25日

原告

森村政勝

被告

本田合名会社

主文

被告は原告に対し、金三十一万六千三百五十円及びこれに対する昭和三十二年八月八日以降完済まで年五分の割合による金員を支払え。

原告その余の請求を棄却する。

訴訟費用は二分し、その一を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。

この判決は原告において金十万円の担保を供するときはその勝訴部分に限り、仮に執行することができる。

事実

原告訴訟代理人は「被告は原告に、七十万円とこれに対する昭和三十二年八月八日以降支払済まで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告の負担とする」との判決と仮執行の宣言とを求め、請求原因として

一、被告の被用者訴外中尾三吉こと金三吉は、昭和三十二年八月八日午後四時過頃被告会社の事業の執行として、木材を満載した被告所有の大型貨物自動車(熊一す〇四〇七号)を運転して浜町から被告会社に向う途中、熊本市紺屋今町四十六番地九州電力株式会社熊本支店前附近において、折柄反対方向から第二種原動機付自転車を運転して来た原告に、右自動車を故意又は過失によつて衝突させ、よつて原告に対し入院約三ケ月を要した右足轢傷(踉骨、舟状骨、蹠骨、筋肉挫滅)、右膝関節挫傷(膝蓋骨挫傷)、右足打撲傷の傷害を与え、原告は右外傷の治療の必要上、右下肢を踵の上約二十糎の処より切断手術を受け不具者となつた。

二、原告は右金三吉の右不法行為により、次の損害を蒙つた。

(1) 前記轢傷の治療費として、健康保険外の出費一万六千三百五十円。

(2) 得べかりし利益の喪失百五十七万千三百三十三円、前記右下肢切断のため、原告は勤め先の訴外和信繊維工業株式会社の販売外交の職から同会社の倉庫係に転職せざるを得なくなつたが、同会社の賃金体系は別表のとおりであり、原告が同会社を五十八歳の停年で退職するものとすると、十八歳からの給与の総差額は四百七十一万四千円で、これが転職による減収であるが、現在それを中間利息年五分としてホフマン式計算法によつて算出した百五十七万千三百三十三円が本件傷害によつて原告が失つた得べかりし利益となる。

(3) 右轢傷並びに下肢切断のため原告の受けた肉体的、精神的苦痛に対する慰謝料として五十万円。

三、よつて被告は右金三吉の使用主として、その不法行為の損害を賠償する責任があるから、原告は被告に対し、右治療費一万六千三百五十円、右得べかりし利益百五十七万千三百三十三円の内金十八万三千六百五十円並びに慰籍料五十万円の合計額七十万円とこれに対する本件損害発生の日である昭和三十二年八月八日以降完済に至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。と述べ、

被告の主張に対し、仮りに被告主張のとおり本件貨物自動車の所有者が訴外中村正雄であり、訴外金三吉が右中村の被用者であるとしても、被告は損害賠償責任がある。すなわち右自動車の自動車登録簿上の所有名義は被告名義の儘で、諸官庁及び一般第三者に対する外部関係においては被告の自家用車として取扱われていたのであり、さらに貨物自動車による運搬営業が個人に許可されない趣旨に鑑み、被告が脱法的に自己名義による右中村の貨物運搬業を認めていた以上、当然その不法行為の責任を負うべきである。従つて右中村が被告の業務の執行たる本件荷物を運搬中、運転資格を有しない前記金三吉に本件自動車を運転させたことは重大な過失であるから、その不法行為について被告は損害賠償義務がある。と述べた。(立証省略)

被告訴訟代理人は「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする」との判決を求め、答弁として原告主張の日時、場所において木材を満載していた本件貨物自動車が原告と衝突し、原告がその主張のような負傷をなし不具の身となつたことは認めるが、その余の事実については争う。本件貨物自動車を運転していた訴外金三吉は被告会社の被用者ではなく、訴外中村正雄の被用者である。すなわち、右中村は昭和二十四年六月一日から同二十八年四月十日まで被告会社で運転手をしていた者であるところ、本件事故のあつた数日前に右金三吉を雇用していたものであり、右貨物自動車の自動車登録簿上の所有名義者は被告会社であるが、被告は右自動車を昭和二十八年三月十七日に右中村に代金七十万円で売渡したものの、貨物自動車による運送業は個人にはその営業が許可されないところから、便宜上被告会社の名義のままにして右中村は被告会社退職後その所有に係る右自動車を使用し、自己の業務として被告会社の依頼する木材を運搬していたものであり、本件事故は被告会社が依頼した木材を菊池郡菊池町木護から運搬して来る途中発生したものである。従つて被告に損害賠償の支払義務はないから本訴請求は失当である。仮りに被告にその支払義務があるとしても、原告主張の損害額を争う。と述べた。(立証省略)

理由

原告主張の日時、場所において、被告会社の木材を満載した自動車登録簿上被告所有名義に係る本件貨物自動車と、原告の運転する第二種原動機付自転車が衝突し、その結果原告がその主張のような傷害を受け、不具の身となるに至つたことについては当事者間に争がない。

そこでまず本件事故の原因について考えるに、成立に争のない甲第一、第九ないし第十四号証(甲第十、第十一、第十三号証の中後記措信しない部分を除く)及び証人中村正雄、同金井洪斗の各証言、原告本人尋問の結果(後記措信しない部分を除く)を綜合すれば、訴外中村正雄は、被告会社所有名義の本件貨物自動車に木材を満載してこれを運転し、訴外中尾三吉こと金三吉外一名を助手席に乗せて原告主張の日、菊池郡立門から肩書被告会社工場に向け進行中、同市水道町附近において、訴外金三吉が自動車運転の免許を得ていないのにかかわらず自ら運転したいと申出たのを容れて運転させ、自分は助手席に位置したこと、右事故現場は同市水道町より同市長六橋に通ずる幅員二十九・九米の道路上で右道路は舗装なく砂利入りの凹凸の多いものであつたこと、本件自動車は当時貨物を満載し(この点は当事者間争がない)、しかもブレーキの性能が悪く二回踏まねばとまらぬ状態であり中村正雄も金三吉もこれを知悉していたこと、金三吉は右道路の右側(右側歩道の縁から三・一五米)を長六橋の方向へ時速約二十粁で進行していたが、反対方向より同じ側を進行して来た原告運転の第二種原動機付自転車を約十七・八米手前に近づいて発見し、ハンドルを左に切るべきをあわてゝハンドルを右に切つたため、原告は右貨物自動車が原告の右側を避譲進行するものとの予期の下にそのまま進行を続けていた際であつたので、それを避けるため急ブレーキを踏みながらハンドルを右に切つたところ、前記自転車はスリツプし本件自動車の前方に横腹をむける恰好になつたこと、金三吉は数米の至近距離に近づいてそれを認め狼狽してブレーキを踏んだが間に合わず、同自転車の後車輪に本件貨物自動車の前部を衝突させ、原告の右足を単車の下敷にしたまゝ路上を約八米押しやつて停車したこと、中村正雄はその間金三吉に対し特段の指示もしなかつたこと等の事実が認められ、他に右認定を左右するに足る証拠はない。

およそ自動車運転者としては運転資格のない者にその運転を許容してはならず、現実に運転を許容されて自動車を運転する者としては特別の事情のない限り道路の左側を進行すべきで右のようにあえて右側を進行するときには反対方向より道路の同じ側を進行して来る車に進路を避譲するのにそなえて前方を注視し、且つ重量物を積載してブレーキの性能も不良だつたのであるから、急迫の場合いつでも急停車して事故を未然に防止できるよう極度に減速すべきであるのに、前記認定の事実によれば金三吉は右の各義務を怠つた過失により本件事故を惹起したものといわねばならない。ところで、運転者が他人に運転を許容したことにより、その他人の故意、過失により事故を惹起したときは、右運転に従事した他人が不法行為責任を負うのは勿論であるが、他人に運転を許容した運転者も運転を許容したことゝ事故の発生との間に相当因果関係があるかぎり、運転者自身の過失としてその責に任ずべきである。而して本件事故が発生したのは、前示のような事情の下において、運転者たる中村正雄が運転無資格者の金三吉に対して運転を許容したことによるものであつて相当因果関係があるものと認められるものであるから、中村正雄の過失責任は免れ難いものというべきである。

ついで被告会社の責任について考えるに、成立に争のない甲第十四号証、乙第二ないし第十一号証の各一、二、証人中村正雄の証言及び同証言により真正に成立したと認められる乙第一号証並びに証人安藤勝、同江崎正一(第一、二回)、同金井洪斗の各証言を綜合すれば、訴外中村正雄は昭和二十一年頃から製材業を営む被告会社に貨物自動車の運転手として雇われていたものであるが、同二十八年三月頃中村正雄の希望で被告会社から本件貨物自動車を七十万円で買受けた後自ら右自動車を使用し、助手として金三吉を雇入れていたが被告会社もこれを認めており、仕事はすべて被告会社の依頼による木材等の運搬にかぎられ、また被告会社は貨物自動車による運送営業は個人名義で許可せられないため、その自動車登録簿の所有名義をその後も依然被告会社名義にし、車体にも被告会社の名称が付されたまゝ右中村正雄が使用することを容認し、損害保険の加入名義も同様被告会社の名義であり、自動車の修理費、燃料費等すべて被告会社において右中村に対する仮払金として支出し、後日右中村正雄の運賃債権と相殺していたが、その計算関係を明らかにした計算書の授受もなく、中村正雄としてはただ被告会社の依頼によつてそのために木材等の運搬に従事するだけであつて専ら被告会社の指揮、命令を受けて運送に従事していたことが認められ、甲第十、第十一、第十三号証及び原告本人尋問の結果中右認定に反する部分はいずれも前掲各証拠に対比して措信することが難かしい。右認定を覆すに足る証拠は他にない。

以上認定の事実によれば民法第七百十五条の適用関係においては前記中村正雄は実質上被告会社の被用者と同一の地位にあるといわねばならず、他方本件事故当時も同人は被告会社の依頼によつてその木材の運搬に従事していたものであることは当事者間に争がないから、被告会社は中村正雄の過失により惹起した本件事故により、原告に蒙らせた損害の賠償をなすべき義務がある。

なお、本件事故は金三吉の過失によるものであることも前記認定のとおりである。ところで、金三吉は前記中村正雄に雇われている者であつて被告会社から直接雇傭されている者ではないが、被告会社においても右事実を認めていたものであるから、被告会社は中村正雄を通じて金三吉をも指揮監督していたものというべきであつて、金三吉の過失により惹起された本件事故についても被告は使用者と同一の法律上の地位に立つて、その責に任ずるものというべきである。

而して被用者の選任、監督につき、被告会社が相当の注意を払つたとの主張立証はない。

よつて被告の賠償すべき損害額につき考えるに、原告法定代理人森村政義の尋問の結果及びその尋問の結果真正に成立したと認められる甲第二ないし第六号証によれば、原告が前記受傷の治療に関する必要費として、保険外使用薬代三千六百七十円、牛乳代三千四百二十円、卵代三千六百円、氷代四千五百六十円、松葉杖代千百円の合計一万六千三百五十円を支出していることが認められ、右認定に反する証拠はない。ついで原告の喪失した得べかりし利益の主張につき案ずるに、証人今城源一の証言及びその証言により真正に成立したと認められる甲第八号証の一、二及び原告本人尋問の結果を綜合すると、原告は中学校を卒業後昭和三十一年三月二十五日以降訴外和信繊維工業株式会社に繊維製品の外交販売係として勤務していたが、本件事故で不具者となつたために倉庫係へ移らざるを得なくなつたこと、右会社では別表記載の賃金体系を適用しており、倉庫係の給料が外交販売係のそれより相当程度低額であること、一般の停年は五十五歳とせられていること等の事実が認められるけれども、右会社が果して原告の停年に至るまで存続するかどうか、原告が果して定年まで同会社に勤務するか否か容易に予測を許さないところであるばかりでなく、右賃金体系自体高等学校卒業者に対し適用せられるもので、中学校卒業者でしかない原告の場合の算定資料とはなし難く、その他全立証に照らしても前記得べかりし利益を算出するに足るものがないから、結局これについては数額の立証なきに帰し、この点についての原告の主張は失当といわねばならない。  次に慰謝料について考えるに、原告は本件事故による受傷及びその治療に際し肉体的精神的に甚大な苦痛をなめたことは容易に推認できるところであり、右下肢切断によつて不具者となり、前認定のとおり職場も変らざるを得なくなり、それによつて収入も減少する点、被告会社は訴外中村正雄に対する仮払金の形で原告に対し右受傷の見舞金として二万円を支払つている点(証人中村正雄,同江崎正一第一回の各証言により認める)、その他原告の年齢家庭状況、境遇等と他方前認定の本件事故の態様及び被告会社の規模等を考慮すれば、原告が右傷害によつて蒙つた肉体的、精神的苦痛に対し、被告の支払うべき慰謝料は前記見舞金の他に三十万円が相当であると思料する。

しからば原告の本訴請求は原告の財産上の損害金一万六千三百五十円と慰謝料三十万円の合計三十一万六千三百五十円及びこれに対する叙上不法行為の日である昭和三十二年八月八日以降完済まで民法所定年五分の割合の遅延損害金を請求する限度で正当として認容し、その余を失当として棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条、第九十二条本文を、仮執行の宣言につき同法第百九十六条第一項を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判官 西辻孝吉 嘉根博正 土井仁臣)

(別表)

年齢

販売員賃金体系

摘要

倉庫係賃金体系

賞与

退職金

一八歳

六、〇〇〇

五、八〇〇

一ケ月分

二三歳

一一、〇〇〇

九、〇〇〇

一、五ケ月分

五ケ月

二八歳

一七、〇〇〇

係見習

一二、〇〇〇

一、八ケ月分

一〇ケ月分

三三歳

二〇、〇〇〇

係長

一五、〇〇〇

二ケ月分

一八ケ月分

三八歳

二三、〇〇〇

所長役付

一七、〇〇〇

二、五ケ月分

二三ケ月分

四三歳

二六、〇〇〇

役員

一八、〇〇〇

三ケ月分

三〇ケ月分

四八歳

三〇、〇〇〇

一九、〇〇〇

三、五ケ月分

三五ケ月分

五三歳

三二、〇〇〇

二〇、〇〇〇

四五ケ月分

五八歳

三五、〇〇〇

五〇ケ月分

右表は高等学校卒業し、勤続年数による

所長見習及役付役員は右賃金の一割増

役付以外及倉庫係等事故者は一割引

以上

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